統計的視点とは?「誰かが犠牲にならない社会」

  • 2019.11.24 Sunday
  • 18:36

なぜ人は生きるのか?

 

どうせ死ぬのに。

 

人は (今の自分ではたった一度の人生を生き抜くのである)

自己の実現のために生きる

 

もっともらしい理屈であるが

自己実現のために、などというととかく自分本位のものの見方になるわけです。

 

もともと人間は口で綺麗事を言っていても、所詮人間のやる事、自分の見方から脱却できない。

客観的に物事を見れば、なんてよく聞くが、そんなことをしたり顔で言う奴に多いのが自分の主張を通したいときに使う常套句だ。

 

そこで

あきらかに見ると言う仏教の言葉が語源になっている「諦」という漢字もその語源を辿るとあきらかに物事を見ることができないから

仏教では四諦八正道という論理を打ち立てた。

 

自分が自分をわかっていない、究極の真理はそこにある涅槃。

 

話は少しそれたが

 

 

少し論理的なものの考え方をすることは

アンガーコントロールなどにも通じると思う。

 

感情的に流されず、また他人の言っていることを鵜呑みにしないようになる。

自分を保て、いつでも流されない自立した人間としての集合体である「社会」を気づくことができるのではないか?

 

誰かが犠牲にならない社会

 

それを共に目指しましょう。

 

 


まず最初に

世界と日本を比べてみたいと思います。

 

総務省のデータが一応日本ではまともとされていますので

こちらを利用したいと思います。

参考サイト(総務省)

https://www.stat.go.jp/library/faq/faq27/faq27k03.html

 

 

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